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私の回顧録

2026.02.27:第73回 私の回顧録

グループ企業
〜中国仕入れで知り合った方々5〜

みなさん、こんにちは。

前回までのコラムでは、中国仕入れの現場で出会ってきた方々とのご縁を振り返ってきました。北京での挑戦、価値観の違い、品質をめぐる攻防。振り返れば課題は山ほどありましたが、不思議なことに、記憶に強く残っているのはトラブルの内容ではなく、その時に向き合ってくれた“人の表情”です。

海外ビジネスは、ともすれば数字や契約条件ばかりが先に立ちます。しかし実際には、その数字を動かしているのは人であり、判断を下しているのも人です。だからこそ、うまくいった理由も、乗り越えられた背景も、突き詰めれば「誰と仕事をしたか」に行き着きます。

今回ご紹介するJさんも、まさにその一人です。単なる取引先という言葉では表しきれない存在でした。

Jさん

◾️ 北京合弁工場という原点

〜期待を乗せたスタート〜

北京の合弁工場は、もともと私が在籍していた会社が買収した日本のオーダースーツ専門店が株式を保有していた縫製工場でした。その流れから、合弁企業という形で運営されていました。

当時は、中国生産の拡大が現実味を帯びてきた時期でした。価格競争力、供給量の安定、将来の市場拡大。さまざまな可能性を胸に、私たちは新たな挑戦に踏み出しました。

現地との連携体制を整え、品質基準を共有し、サンプルを何度も修正する日々。期待と不安が入り混じる中で、手探りのスタートだったことを覚えています。


◾️ 合弁解消という転機

〜形が変わっても関係は続く〜

立ち上げ当初は大きな期待を寄せてスタートしましたが、年月が経つ中で課題も増えていきました。品質に対する考え方の違い、意思決定のスピード、現場感覚のズレ。どれも一つひとつは乗り越えられる問題でしたが、積み重なると負担は小さくありません。

そして何年か後、北京側から合弁解消の提案があり、当社もそれに同意することとなりました。

ただし、ここで終わりではありませんでした。形としての「合弁」は解消されたものの、取引関係そのものは継続し、少なくとも私が在籍していた間はビジネスとしてのお付き合いは続いていました。

合弁という“枠組み”はなくなっても、築いてきた信頼や実績は簡単には消えません。私はこの経験から、契約の形よりも、人と人との関係の方が強いことを学びました。


合弁解消

◾️ 依存リスクへの危機感

〜次の一手を探す〜

とはいえ、依存先が限られている状態は経営上のリスクです。

「一工場だけに頼る体制では、何かあったときに立ち行かなくなる」

その危機感は日に日に強くなりました。海外ビジネスは、政治や経済情勢の変化、為替、人材流動など、外部要因の影響を大きく受けます。安定は、常に仮の姿です。

そこで私は、新たな縫製工場の選定を本格的に進めることにしました。そのタイミングで紹介されたのが、大連で日系向けスーツを中心に製造していたJさんの工場でした。


◾️ 最初は“条件交渉”から始まった

初めての打ち合わせは、やはり工賃の話から始まりました。縫製ビジネスにおいて、単価は重要な要素です。価格設定の背景には、技術力、人件費、管理体制、そして経営方針が反映されます。

Jさんは、こちらの条件を丁寧に聞いたうえで、できることと難しいことを冷静に整理して話してくれました。無理に合わせようとする様子も、過剰に強気に出る様子もありません。

その姿勢から、ただ安さを売りにする工場ではないことが伝わってきました。


◾️ 思いがけない共通点

〜過去がつないだ縁〜

商談を重ねる中で、思いがけない事実が分かりました。

Jさんは、私が以前勤めていた会社の親会社の中国工場で工場長をされていた方だったのです。

偶然とはいえ、驚きました。紹介者からその話を聞いた後、Jさんがわざわざ挨拶に来られ、「私が以前勤めていた会社の親会社にお世話になりました」と丁寧に頭を下げられました。

その瞬間、距離が一気に縮まった感覚がありました。ビジネスの世界は広いようで、どこかでつながっている。過去の経験が、未来のご縁を呼び込むこともあるのだと実感しました。


◾️ 日本で磨かれた誠実さ

Jさんは日本の大学を卒業し、日系企業に長年勤務されていました。日本の年金にも加入していたという話を聞き、日本社会の中で真剣に働いてきた軌跡を感じました。

時間に正確で、報告が丁寧で、約束を守る。その姿勢は、理屈ではなく習慣として身についているように見えました。

日本人らしい、というよりも、“信頼を前提に仕事をする人”という印象でした。そこに私は強い安心感を覚えました。

誠実

◾️ 大連の工場で見た現場力

大連の工場を三度訪問しました。ラインは整理され、作業手順も明確。品質チェック体制も整っていました。

従業員の方々の表情が明るく、作業に集中している様子が印象的でした。現場が落ち着いている会社は、管理が行き届いている証拠です。

日本向け製品の厳しい基準に応え続けるための努力が、日常の動きの中に表れていました。


◾️ 経営者の覚悟がにじむ瞬間

視察中、Jさんが工場の歴史を語ってくれました。資金調達の苦労、為替変動の影響、人材育成の難しさ。

広い工場を案内しながら語る姿は落ち着いていましたが、その言葉の端々から責任の重さが伝わってきました。

経営者は、成功よりも失敗の責任を背負う立場です。その覚悟を、私は彼の背中から感じていました。


◾️ 圧巻の毛紡工場視察

〜素材へのこだわり〜

山東省の毛紡工場へ同行した際、その規模と管理体制に圧倒されました。巨大な設備、徹底された品質管理、整然とした構内。

Jさんは「ここなら安心して提案できます」と静かに言いました。

単に縫うだけでなく、素材の選定から品質を守ろうとする姿勢。その真剣さが印象的でした。


◾️ 利益よりも信頼を選ぶ決断

生地メーカーを紹介してもらった際、「手数料はいりません」と言われたときは驚きました。

通常であれば紹介料が発生しても不思議ではありません。しかし彼は、「長く続く関係の方が大切です」と言いました。

その一言に、私は心を打たれました。短期的な利益より、長期的な信頼を優先する。その姿勢こそが、彼の強みでした。


◾️ 駆け引きのない交渉

できることはできる、できないことはできない。

Jさんとの交渉は常に明快でした。曖昧な約束はしません。だからこそ、こちらも安心して判断できます。

海外ビジネスで最も困るのは、不確実な約束です。その点で、彼は非常に信頼できる存在でした。


◾️ 日本への深い信頼

日本の歯医者に通っているという話を聞いたとき、日本への信頼の深さを感じました。

来日時に食事をご一緒し、日本での学生時代の話を聞きました。言葉の端々に、日本で過ごした時間への愛着がにじんでいました。

仕事だけでなく、人としての温かさを感じる時間でした。


◾️ 違いの中で育った信頼

中国ビジネスは簡単ではありませんでした。しかし、違いを知ることで学びも増えました。

Jさんとの出会いは、文化の違いを越えて信頼を築けることを教えてくれました。

合弁解消という転機があったからこそ、新たな出会いが生まれました。振り返れば、すべてが一本の流れにつながっています。

ビジネスは数字で始まり、人で続いていく。

Jさんとのご縁は、私にその大切さを改めて教えてくれました。


◾️ 次回は

当時研修生としてグループ企業に来ていた若者についてお話しします。静かに努力を重ねていた彼の姿も、また忘れられない記憶の一つです。

どうぞ、次回もお楽しみに。



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