2026.03.20:第94回 私の回顧録
グループ企業
〜リアルな現場18〜
みなさん。こんにちは。
前回のコラムでは、オーダースーツ店舗との関わりについてお話ししました。
店舗の現場が抱える課題や、「一着の重み」というテーマについても触れさせていただきました。
そしてこれまで、縫製工場の営業や仕入れといった、いわば“外から見た工場”についてお伝えしてきましたが、今回はもう一歩踏み込み、「縫製工場そのものの仕事」、特にフルオーダーという世界についてお話ししたいと思います。
とはいえ、私は職人ではありません。
あくまで外側から見てきた立場、そして関わりの中で感じてきた視点からの話になります。
それでも、その現場で感じたことには、仕入れや販売の視点では語りきれない奥深さがありました。
今回はその一端を、できるだけわかりやすく、そして少し情感を込めてお伝えできればと思います。
◾️ フルオーダーというもう一つの世界
これまでお話ししてきたオーダースーツは、どちらかと言えばイージーオーダーやパターンオーダーが中心でした。
しかし実は、それ以前からグループにはフルオーダーの工場も存在していました。
そこには、数人の職人の方々がいて、静かに、しかし確かな手仕事でスーツを仕立てていました。
売り場から届くのは、ただの数字ではありません。
採寸表という「人の情報」です。
その工程は、まさに“ものづくり”の原点でした。
◾️ 工程に込められた意味
フルオーダーの流れは、シンプルに見えて非常に奥深いものです。
フィッター → カッター → 裁断 → 縫製 → 仮縫い → 仕上げ
この一連の流れの中に、それぞれ異なる専門性と責任が存在します。
そして、そのすべてが繋がって初めて、一着の完成へとたどり着きます。
そして、その意図を店舗が理解しているかどうかが、結果を大きく左右します。
◾️ フィッターという「入口であり設計者」
最初の窓口となるのがフィッターです。
単なる接客ではありません。
むしろ、ここでスーツの“設計図”が決まると言っても過言ではありません。
・ お客様の用途や好みのヒアリング
・ 体型の把握
・ 生地やデザインの提案
・ 体型の把握
・ 採寸と補正の見極め
これらすべてを一度に行う役割です。
フィッターは、「営業」と「設計」を同時に担う存在。
この段階での精度が、その後の仕上がりを大きく左右します。
◾️ カッターという「形にする職人」
フィッターが言葉で描いた設計を、実際の形に落とし込むのがカッターです。
採寸データをもとに型紙を作成し、体型補正を組み込み、シルエットを設計する。
ここでは、「理解力」と「再現力」が問われます。
同じ数値でも、どう解釈するかで仕上がりは変わります。
まさに“見えない設計力”が試される工程です。
◾️ 裁断という「後戻りできない工程」
型紙をもとに生地を裁断する工程。
一見シンプルに見えますが、ここは非常に神経を使う工程です。
・ 柄合わせ
・ 地の目の確認
・ 生地のクセの見極め
ここでのミスは取り返しがつきません。
だからこそ、静かな緊張感が漂う工程でもあります。
◾️ 縫製という「技術の集積」
裁断された生地は、いよいよ縫製へと進みます。
ここでは単なる縫い合わせではなく、
立体を作るという作業が行われます。
・ 芯据え
・ 各パーツの組み立て
・ アイロンワークによる成形
特に重要なのがアイロンです。
縫うだけでは、立体は生まれません。
熱と圧力を使い、生地に“形を覚えさせる”ことで、初めてスーツらしい立体感が生まれます。
◾️ 仮縫いという「精度を高める工程」
フルオーダーの特徴とも言えるのが仮縫いです。
一見シンプルに見えますが、ここは非常に神経を使う工程です。
一度仕立てた状態で実際に着用し、
シワやゆとり、バランスを確認します。
この工程によって、精度は一気に高まります。
言い換えれば、ここで“完成度が跳ね上がる”のです。
◾️ 仕上げに向かう工程
仮縫いでの修正を反映し、再度縫製を行います。
細部の仕上げ、プレス、最終チェック。
そしてようやく、お客様のもとへ。
長い工程の積み重ねが、一着に集約される瞬間です。
◾️ フルオーダーの本質
フルオーダーの価値は、大きく分けて二つです。
・フィッターの「体型を見る力」
・カッターの「形にする力」
この二つが揃って初めて、本当にフィットする一着が生まれます。
縫製技術ももちろん重要ですが、
その前段階の精度が仕上がりを大きく左右します。
◾️ 職人の言葉「ころす」とは何か
現場で印象に残っている言葉があります。
それが「ころす」という表現です。
初めて聞いたときは、少し驚きました。
しかし、その意味を聞いて納得しました。
それは、生地の動きを抑え、形を安定させること。
・ 押さえ込む
・ 動きを止める
・ 暴れを抑える
こうした感覚を、職人は「ころす」と表現していたのです。
◾️ 「いかす」という発想
一方で、私はこうも思いました。
もし「ころす」があるなら、
反対の概念もあっていいのではないか。
それが「いかす」という発想です。
生地を伸ばし、膨らませ、立体を作る。
つまり、
・ 縮める=ころす
・ 伸ばす=いかす
そんな対比です。
◾️ 技術の再定義
少し整理すると、こうなります。
● いかす(出す)
生地の余裕を使って立体を生む
● 抑える(ころす)
余分な動きを制御して形を安定させる
この二つは対立するものではありません。
むしろ、セットで成立する技術です。
◾️ 本質はバランスにある
いかすだけでは、だらしない仕上がりになります。
ころすだけでは、平面的で硬くなります。
この二つのバランスこそが、
美しいスーツを生む本質です。
つまり、
いかす=立体を生む
ころす=立体を完成させる
この関係性が、非常に重要だと感じました。
◾️ 言葉に込めた想いとリスペクト
私自身は、現場で手を動かす職人ではありません。
だからこそ、外から見たときに「ころす」という表現に対して、どこか少し強さを感じ、「いかす」という言葉の方が柔らかく、美しく映ったのかもしれません。
そんな単純な感覚から、「いかす」という言葉を考えてみました。
しかし一方で、もし自分が現場の職人だったとしたら、どうだっただろうとも思います。
長年受け継がれてきた技術や言葉、当たり前のように使っている表現に対して、あえて言い換えるという発想自体、浮かばなかったのではないかとも感じます。
現場にいるからこそ見えるもの、そして、現場にいるからこそ疑わないもの。
そういった“当たり前”の中にこそ、伝統や本質があるのだと思います。
もちろん、良いスーツを創り続けている職人の方々に対しては、心からのリスペクトがあります。
今回の「いかす」という言葉の再定義は、あくまで私の思いつきに過ぎません。
ただ、もし表現が少し変わることで、その工程や技術がより華やかに、魅力的に見えるのであれば、それも一つの見方ではないかと感じ、このコラムでお伝えさせていただきました。
◾️ 外から見て感じたこと
一方で、距離を置いた立場だからこそ見えてきたのは、スーツというものが「技術の積み重ね」によって成り立っているという事実でした。
一つひとつの工程は決して派手ではありません。
しかし、そのすべてが丁寧に積み重なることで、最終的に一着の完成へとつながっていきます。
そしてその技術は、単なる数値や理論だけでは語れない、職人の“感覚”に支えられています。
どこまで押さえるのか、どこまで出すのか。
その微妙なさじ加減は、経験によって培われた感覚であり、言葉にしきれない領域です。
仕入れや営業という立場では見えない、
もう一つの世界が、そこには確かに存在していました。
◾️ 今回のまとめ
今回は、フルオーダーの縫製工場の工程について、私なりの視点でお話ししました。
フルオーダーは、工程ごとに専門性が明確に分かれており、それぞれの役割が連携することで一着が完成します。
特に、フィッターとカッターの役割は重要であり、ここでの精度が仕上がりを大きく左右します。
また、縫製の中でもアイロンワークは非常に重要であり、平面の生地に立体を与えるための核となる技術です。
そして、「いかす」と「ころす」という二つの考え方。
これは対立するものではなく、バランスを取ることで初めて美しい仕上がりへとつながる技術です。
こうして改めて振り返ると、
一着のスーツは単なる商品ではなく、数多くの技術と判断、そして経験の積み重ねによって成り立っていることを実感します。
だからこそ、その一着には価値があり、人の心に残るものになるのだと思います。
◾️ 次回は
これまで縫製工場について、仕入れ・営業・工程とお話ししてきました。
次回は、さらに一歩踏み込み、
縫製工場で実際に経験した出来事や、現場ならではのリアルな話をお届けしたいと思います。
現場でしか見えない視点を、引き続きお伝えしていきますので、
ぜひ楽しみにしていてください。