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私の回顧録

2026.04.10:第115回 私の回顧録

機屋の仕事7
〜機屋の製造工程〜

みなさん。こんにちは。

前回のコラムでは、「在庫管理」や「販売管理」といった、いわば“守り”の仕事についてお話ししました。 これまでのような“攻め”の営業や企画とは違い、事業の内側を整えることで、会社の土台そのものを強くしていく——そんな視点でした。

そして今回お話しするのは、そのさらに奥にある仕事です。

それが、生地メーカーとしての本質的な仕事——生地生産そのものです。

表に見えるのは完成した一反の生地ですが、その裏側には、数えきれないほどの工程と判断、そして経験が積み重なっています。 そして何よりも重要なのは、「何を作るか」という最初の意思決定です。

自社でバンチ用に企画するのか。 アパレルからの依頼でOEM的に生産するのか。

この時点で、すでに“ものづくり”は始まっています。

今回は、毛織物、そしてションヘルやレピア低速HUといった織機を使った生産背景をもとに、機屋の仕事の本質を、できるだけわかりやすく、そして少し情感を込めてお伝えしていきます。

製造工程

◾️ 「何を作るか」からすべてが始まる

生産のスタートは、「作るものの定義」です。 これは単なる品番決めではありません。

・ どんな用途か(スーツか、ジャケットか)
・ どんな顧客に向けたものか
・ どの価格帯か
・ どんな季節感か

こうした要素を一つひとつ整理しながら、「どんな生地にするのか」を決めていきます。 ここが曖昧なままでは、どれだけ技術があっても良い生地にはなりません。


◾️ 原料設計がすべてを決める

毛織物においては、原料選定が品質の大半を決めます。

メリノウールの繊度、繊維長、産地、そしてグレード。 数値として見える部分もあれば、実際に触って判断する“感覚”も重要です。

柔らかさを取るのか。 ハリコシを出すのか。 仕立てたときの立体感を優先するのか。

この時点で、すでに完成形のイメージができていなければなりません。

原料選定

◾️ 梳毛紡績という“整える技術”

高級毛織物では、梳毛紡績が基本となります。

繊維を洗い、整え、短いものを取り除き、均一にしていく。 一見すると単純な工程の積み重ねですが、ここには非常に繊細な調整が求められます。

この工程で決まるのは、
・ 糸の美しさ
・ 表面のクリアさ
・ 光沢感

つまり、「見た目の品格」です。


◾️ 糸に命を与える“撚り”の設計

糸はただ細くすれば良いわけではありません。 撚りをどう設計するかで、生地の性格は大きく変わります。

経糸は強度を重視し、やや強めの撚り。 緯糸は風合いを優先し、甘めの撚り。

実際、長年支えてくださっていた方の存在があってこそ成り立っていた部分も多く、 その方のサポートが難しくなったことで、次の選択を迫られました。

このバランスが、
・ ドレープ
・ 回復力
・ 仕立て映え

といった“着たときの美しさ”につながっていきます。


◾️ 染色で決まる“奥行き”

毛織物の魅力のひとつが、色の深みです。

トップ染めによるメランジの表現。 糸染めによる柄の鮮明さ。

特に、トップ染めと双糸の組み合わせは、単なる色ではなく“奥行き”を生み出します。 これは量産品ではなかなか出せない領域です。


◾️ 見えない工程、整経の精度

整経は、あまり表に出ない工程ですが、非常に重要です。

数千本の糸を、設計通りに並べる。 張力を均一に保つ。

ここでズレがあれば、最終的な生地に必ず影響が出ます。 まさに「基盤を整える仕事」です。


◾️ サイジングは“やりすぎない勇気”

糊付けは、織るために必要な工程ですが、毛織物では注意が必要です。

強くしすぎれば、織りやすくはなりますが、 その分、風合いが犠牲になります。

ションヘルで織る場合は特に、 “必要最低限”に抑える判断が求められます。


◾️ ションヘル織機という存在

ションヘル織機は、決して効率の良い機械ではありません。

しかし、
・ 糸に無理をかけない
・ 空気を含ませる
・ 柔らかく織り上げる

という点では、他に代えがたい存在です。

ゆっくりと織られる生地は、どこか“生きている”ような表情を持ちます。

ションヘル織機

◾️ レピア低速HUという選択

一方で、レピア低速HUは、安定性と意匠性に優れています。

ションヘルほどの柔らかさとは違い、 均一で美しい仕上がりを実現できるのが特徴です。

用途によって、この2つを使い分けることも重要な判断です。


◾️ 「織る」ではなく「育てる」

低速織機での生産は、単なる作業ではありません。

糸の状態を見ながら、 テンションを調整し、 最適な条件を探っていく。

それはまるで、素材を“育てている”ような感覚です。


◾️ 縮絨で生地が変わる瞬間

織り上がっただけでは、まだ生地は完成ではありません。

縮絨によって繊維が絡み合い、 密度が上がり、 独特のぬめりと風合いが生まれます。

この工程で、初めて“高級毛織物”としての姿が見えてきます。


◾️ 仕上げで完成度を高める

起毛、剪毛、プレス、セット加工。

これらの工程を経て、 生地は最終的な商品へと仕上がっていきます。

触ったときの感触。 見たときの表情。

すべてがここで決まります。


◾️ 検反という最後の関門

どれだけ良い工程を踏んでも、最後にチェックを通らなければ意味がありません。

キズ、ムラ、風合い。 すべてを確認し、商品として成立するかを判断します。

ここは、感覚と経験がものを言う世界です。


◾️ まとめ

ここまで、生地生産の流れをお伝えしてきました。

その中で一貫しているのは、 「効率を追わない」という選択です。

ションヘルやレピア低速HUを使うということは、 決して最短距離ではありません。 むしろ、遠回りです。

しかし、その遠回りの中にこそ、 本当の価値があります。

糸に無理をかけない。 空気を含ませる。 時間をかけて仕上げる。

その一つひとつの積み重ねが、 最終的に“違い”となって現れます。

大量生産では出せない風合い。 触れたときに感じるやわらかさ。 仕立てたときの美しさ。

それらはすべて、 見えない工程の積み重ねの結果です。

そして、もう一つ大切なのは、 「整える」という考え方です。

前回お話しした在庫管理や販売管理。 今回の生産工程。

一見すると別の話に見えますが、 本質は同じです。

すべては、 「無理をしない状態をつくること」 「本来の力を発揮できる環境を整えること」

その積み重ねが、 結果として良い商品を生み出します。

ものづくりとは、 特別なことをすることではなく、 当たり前のことを、どこまで丁寧に積み重ねられるか。

その差が、最終的な価値の差になるのだと、 私はこれまでの経験を通じて強く感じています。


◾️ 次回予告

今回は、生産工程という“内側の仕事”をお伝えしました。

次回はさらに視点を変え、 生産現場というリアルな環境から見た、機屋の仕事の奥深さについてお話ししていきます。

現場だからこそ見えること。 数字や工程だけでは語れない部分。

そんな内容をお届けしていきますので、ぜひ引き続きご覧ください。



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