2026.04.15:第120回 私の回顧録
展示会
〜過去と現在〜
みなさん。こんにちは。
前回のコラムでは、現在の仕事の流れの中で訪れたFaW TOKYOについて、気になったポイントをいくつか深掘りしてお伝えしました。実際に会場を歩きながら感じた違和感や発見は、自分自身のこれまでの経験と照らし合わせることで、より立体的に見えてきたように思います。
今回はその延長として、もう一歩引いた視点から、「展示会そのものがどのように変化してきたのか」というテーマでお話ししていきたいと思います。
長くこの業界に関わってきたからこそ感じる“流れ”や“空気の違い”。そして、その中でも変わらず残っている“本質”。
その両方を行き来しながら、できるだけ分かりやすく、そして少し情感も込めてお伝えできればと思います。
◾️ FaW以前の展示会文化と分散の時代
現在のFaW TOKYOは、さまざまな分野が一堂に集まる総合展示会として成立していますが、以前はそれぞれの分野ごとに展示会が存在し、いわば“分散型”の構造でした。
私がよく足を運んでいた「ジャパンクリエーション」や「JITAC」は、その代表的な存在です。これらは生地や素材に特化した展示会であり、来場者も出展者も、明確な目的を持って集まる、非常に密度の高い場でした。
会場には華やかな演出というよりも、素材そのものの魅力を伝える空気が漂っていました。派手さはなくとも、ひとつひとつの生地に込められた技術や背景がしっかりと伝わってくる、そんな“職人的な展示会”だったように思います。
◾️ 生地屋として培った「見る力」の原点
当時の私は、生地の仕入れを中心とした仕事をしており、展示会はまさに“仕事の現場”そのものでした。年間を通して数多くの展示会に足を運び、その都度、目と手で素材を確かめていく。
尾州や北陸、桐生といった産地では、それぞれの土地が持つ特色や技術に触れることができました。同じウールでも風合いが違い、同じ織りでも表情が異なる。そうした違いを体感しながら、自分なりの基準を少しずつ作っていったのだと思います。
振り返ると、あの頃の積み重ねが、今の自分の判断軸の土台になっています。効率だけでは得られない、“身体で覚える経験”の大切さを改めて感じます。
◾️ 海外展示会がもたらした視野の広がり
国内だけでなく、中国からの仕入れも視野に入れていたため、「チャイナファッションフェア(CFF)」にも積極的に足を運んでいました。
当時はまだ海外生産に対して慎重な見方も多く、品質面やロット、納期など、クリアすべき課題が山積みでした。それでも現地の企業と直接対話を重ねることで、日本とは異なる考え方やスピード感に触れることができました。
単なる仕入れの場というより、「価値観の違いを体感する場」としての意味合いが大きかったように思います。そうした経験が、後の仕事において柔軟な判断をする上で大きな財産になりました。
◾️ 立場の変化が教えてくれた展示会の奥行き
さらに遡ると、小売の時代から展示会には足を運んでいました。当時は「どの商品が売れるか」という視点で見ていましたが、仕入れや生産に関わるようになると、同じ展示会でも見える景色が大きく変わりました。
例えば、以前はデザインや価格に目が向いていたものが、次第に背景にある素材や加工、さらには供給体制へと関心が移っていきます。
展示会というのは不思議なもので、自分の立場や経験によって、まったく違う情報を受け取る場になります。同じ空間にいながら、見えている世界は人それぞれ違う。そこに展示会の奥深さがあるのだと思います。
◾️ 「モノを見る場」から「価値を知る場」へ
かつての展示会は、シンプルに言えば「モノを見て、仕入れる場所」でした。効率よく商品を比較し、商談を進めるための実務的な場です。
しかし現在では、その役割は大きく広がっています。情報収集の場であり、トレンドを体感する場であり、さらには新しいビジネスのヒントを得る場へと変化しています。
つまり、“モノ”だけでなく、“価値”や“背景”を知る場へと進化しているのです。この変化は、今回のFaW TOKYOでも非常に強く感じられました。
◾️ ハード中心からソフト提案へ広がる世界
以前の展示会は、生地や製品、機械といった“形のあるもの”が中心でした。しかし近年では、システムやDX、在庫管理、サプライチェーンの最適化など、ソフト面の提案が大きく存在感を増しています。
これは単なる流行ではなく、業界構造そのものの変化を反映していると感じます。モノを作るだけではなく、「どう管理し、どう届けるか」まで含めて価値とする時代になってきたのです。
その意味で、展示会は“製造の場”から“ビジネス全体を俯瞰する場”へと変わってきているのではないでしょうか。
◾️ ローテクと言われた業界のリアル
糸偏業界は長らく“ローテク”と言われてきました。確かに、他業界と比べるとデジタル化のスピードは緩やかで、昔ながらの手法が多く残っています。
私自身も、その現場を数多く見てきました。その中で印象に残っているのが、2010年頃に訪れたエンブロイダリー工場での出来事です。
◾️ MS-DOSが現役だった現場の衝撃
その工場では、刺繍柄の設計をパソコンで行っていました。「どんな最新ソフトを使っているのだろう」と思いながら画面を見ると、そこにあったのはMS-DOSでした。
当時ですらすでに過去の存在だったシステムが、現役で使われている。その光景に驚くと同時に、「これがこの業界のリアルだ」と妙に納得したのを覚えています。
効率や最新性だけでは語れない、積み重ねられた技術と習慣。その象徴のような出来事でした。
◾️ 昭和の織機と現代のものづくり
さらに言えば、私が関わっている機屋では、昭和30年代の織機が今も稼働しています。決して骨董品ではなく、現役の生産設備として使われているのです。
そしてジャカード部分では、いまだに紋紙を使った制御が行われています。紙に穴を開けるというアナログな方法ですが、その精度と表現力は決して侮れません。
むしろ、その手間こそが独特の風合いや価値を生み出しているとも言えます。
◾️ 技術継承の壁と“人”という存在
ただし、その紋紙を作る職人の方が高齢化し、引退の問題が現実のものとなっています。
ここで浮き彫りになるのは、「技術は残っても、人がいなければ続かない」という現実です。どれだけ優れた仕組みがあっても、それを扱う人がいなければ意味がありません。
この問題は一企業の話ではなく、業界全体が抱える課題です。今後、どのように技術を継承していくのかは、非常に重要なテーマだと感じています。
◾️ 古さの価値と再評価の流れ
一方で、現在は古着ブームの影響もあり、「古いものの価値」が改めて見直されています。
昔の機械、昔の技術、そして昔の素材。それらが単なる過去の遺産ではなく、“味”や“個性”として評価されるようになってきました。
この流れは、効率や大量生産とは異なる価値観を求める動きとも言えるでしょう。
◾️ 新旧が交差する業界の魅力
とはいえ、その一方でデジタル化やAIなどの最先端技術も確実に入り込んできています。
つまりこの業界は、「最先端」と「最古」が同時に存在する非常にユニークな構造を持っています。
一見するとバラバラで統一感がないようにも見えますが、実はその混在こそが、この業界の魅力であり強みなのではないかと感じています。
◾️ カオスの中にある可能性
こうした状況を一言で表すなら、“カオス”という言葉がしっくりきます。
しかし、そのカオスは決してネガティブなものではありません。むしろ、多様な価値が共存しているからこそ、新しい発想が生まれる土壌になっているのだと思います。
整いすぎていないからこそ、面白い。
そんな業界なのかもしれません。
◾️ 繊研新聞との偶然の再会
今回のFaW TOKYOで印象に残ったもう一つの出来事が、繊研新聞との再会でした。
会場の一角に「ご自由にどうぞ」と置かれていた新聞を手に取った瞬間、自然と昔の記憶がよみがえってきました。
会社員時代、毎朝それに目を通すことが日課だったあの頃の自分が、ふと重なりました。
◾️ 情報の“受け取り方”が変わった時代
現在では、スマートフォンやPCで必要な情報だけをピックアップして見ることが多くなりました。
効率的ではありますが、紙の新聞のように「思いがけない情報に出会う」という体験は減っているように感じます。
情報が整理されすぎたことで、逆に視野が狭くなっている可能性もあるのかもしれません。
◾️ 展示会と業界メディアの関係性
以前の展示会では、繊研新聞をはじめ、日本繊維新聞やセンイ・ジャァナルなど、多くの媒体がブースを構えていました。
それぞれが情報発信の拠点として機能し、来場者との接点を持っていたのです。展示会は単なる商談の場ではなく、“情報が集まり、広がる場”でもありました。
その役割は、現在少しずつ形を変えながらも、確実に受け継がれているように感じます。
◾️ 消えていく媒体に感じた時代の節目
2010年頃、日本繊維新聞が休刊したというニュースを聞いたとき、強い寂しさを覚えました。
特にランジェリーメーカーに在籍していた頃は日常的に読んでいた媒体だったため、自分の中で一つの時代が終わったような感覚がありました。
メディアの変化は、そのまま業界の変化でもあります。
◾️ 「時代感」を持つことの重要性
ここまで振り返ってみると、展示会、技術、情報の取り方、そのすべてが変化しています。
だからこそ大切なのは、「今」という時代をどう捉えるかです。
新しさだけを追うのではなく、
古さだけに固執するのでもなく、
そのバランスを見極める感覚。
それこそが“時代感”なのだと思います。
◾️ 自分の軸が未来をつくる
変化の激しい時代だからこそ、自分自身の軸を持つことが重要になります。
展示会は、その軸を確認し、時には修正するための貴重な場です。新しいものに触れながら、自分の価値観を見直す。その繰り返しが、次の選択につながっていきます。
流されるのではなく、選び取る。
その積み重ねが、未来を形作っていくのだと思います。
◾️ 次回予告:繊研新聞という存在
今回は、展示会というテーマから過去と現在を振り返りました。
そして、その中で改めて存在感を感じた「繊研新聞」。
次回は、この業界紙について、もう少し深く掘り下げてみたいと思います。情報を届ける側と受け取る側、その関係性の変化についても触れていく予定です。
ぜひ引き続きご覧ください。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。