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私の回顧録

2026.03.29:第103回 私の回顧録

中国縫製の日本営業2
〜新規の取引先〜

みなさん。こんにちは。

前回のコラムでは、中国縫製工場の日本営業として関わった「ある取引」について、かなり深く掘り下げてお話ししました。 単なる取引の話ではなく、「文化の違い」「仕組みの違い」「認識のズレ」といった、目には見えない壁とどう向き合ってきたのか、その過程も含めてお伝えしたつもりです。

実際に現場で感じたのは、問題そのものよりも、「問題の捉え方の違い」が大きな壁になるということでした。

そして今回も、その延長線上にある、もうひとつの新規の取引についてお話ししていきます。 一見すると似たような話に思えるかもしれませんが、取引先が変わることで、課題の質も、進め方も、そして苦労のポイントも微妙に、しかし確実に変わっていきます。

今回のテーマは、 「ゼロから共通認識をつくる難しさ」 そして、 「仕組みがない状態で取引を成立させる現実」 です。

理想と現実の間で揺れながら、それでも前に進もうとした、その過程のリアルを感じていただければと思います。

新規の取引

◾️ ご縁の始まりは“紹介”から

今回の取引のスタートは、前職時代に取引のあった機屋からの紹介でした。

この「紹介」というものは、商売の世界において想像以上に大きな意味を持ちます。 特に海外取引では、信用の積み上げに時間がかかるため、最初の入口としての紹介の価値は非常に高いものです。

ゼロから関係を築くのではなく、「誰かの信用の延長線上」でスタートできる。 これは、目に見えないアドバンテージでした。

今回の取引先は、すでに中国縫製との取引経験がありました。 つまり、「中国=不安」という先入観が強くない状態でスタートできたのです。

この点は、後々のやり取りを進める上でも、大きな支えとなりました。


◾️ 中国取引への心理的ハードルの低さ

通常、日本企業が中国縫製と新たに取引を始める場合、 品質、納期、言葉の壁、トラブル時の対応など、さまざまな不安が先に立ちます。

しかし今回の取引先は、そうした経験をすでに一度通ってきていました。

そのため、単に警戒するのではなく、 「どうすれば活用できるか」 という前向きな視点で見ていたのです。

この違いは非常に大きく、 問題が起きたときの対応にも如実に表れます。

「やはりダメだ」と判断するのか、 「改善すれば使える」と考えるのか。

この思考の差が、結果の差につながっていくのだと、改めて感じました。

友好な関係

◾️ 最初に取り組んだ“共通認識づくり”

とはいえ、どれだけ前向きな相手であっても、 最初に必要なのは「共通認識」です。

今回まず取り組んだのは、採寸の基準をどうするか、という点でした。

洋服づくりにおいて、採寸の基準はすべての起点です。 この基準がズレていると、その後どれだけ工程を整えても、最終的な仕上がりに違和感が残ってしまいます。

特にオーダー要素のある商売では、この“最初の一歩”がすべてを左右すると言っても過言ではありません。

そのため、まずは取引先が従来使用していた採寸表をベースにすることで、現場に無理のない形からスタートすることにしました。


◾️ ルールとして決めた「上がり寸法」という考え方

ただし、ここで一つ大きなルールを設けました。

それが、 「ゆとり込みの上がり寸法で記入する」 という方法です。

一見すると単純な取り決めに見えますが、実際にはこのルールが、その後のやり取りの精度を大きく左右する重要なポイントとなりました。

曖昧さを排除し、完成形を明確にする。 その意図が、このルールには込められていました。


◾️ なぜ“上がり寸法”だったのか

本来であれば、工場側にはモデルごとのスペック表があり、 「この設計ならこう仕上がる」という前提で話が進みます。

しかし当時、中国側には日本向けに提示できるスペック表が存在していませんでした。

つまり、設計の裏側が見えない状態だったのです。

この状態で指示を出すには、 途中工程ではなく「完成形」を基準にするしかありません。

そのため、最終的な上がり寸法を直接指定するという方法を選択しました。

これは消去法でありながら、最も確実な手段でもありました。


◾️ 苦肉の策としての実務対応

この方法は、理想的なやり方ではありません。

しかし結果として、 「出来上がりが安定する」 という意味では非常に有効でした。

工場の内部ロジックやパターン設計が見えない以上、 こちらでコントロールできる唯一のポイントは“完成寸法”だったのです。

いわば、ブラックボックスに対して外側から精度を担保する方法でした。


◾️ その代償としての作業負担

ただし、このやり方には当然ながら大きな負担が伴いました。

通常であれば工場側に委ねる部分まで、すべて指定しなければならなくなります。

例えば、
・ N点から第一ボタンまでの距離
・ N点からポケットまでの位置

といった細かな要素も、すべて数値で管理する必要がありました。

その結果、1着の型紙を作るためにかかる時間は大幅に増え、 現場の負担は想像以上に大きなものとなっていきました。


◾️ 本来あるべき“仕組み”とのギャップ

本来の工場運用では、 採寸箇所や許容範囲、補正ルール、オプション内容などが体系化されています。

そして、それをもとに誰でも同じ手順で作業ができる仕組みが整っています。

つまり、属人化せずに品質を担保できる状態です。

しかし今回のケースでは、その基盤が存在していませんでした。

このギャップが、後のすべての負担につながっていきます。

仕組み

◾️ CAD運用の理想と現実

CADが整備されていれば、注文入力は短時間で完了します。

既存のパターンをベースに、決められた範囲で調整するだけだからです。

しかし今回は、その前提が成立していませんでした。

結果として、CADは“効率化のツール”ではなく、 “個別調整のための作業ツール”として使われることになってしまいました。


◾️ データ入力の現場で起きていたこと

現場では、上がり寸法に合わせて毎回パターンを調整するという対応が続いていました。

つまり、既存の仕組みを活かすのではなく、 毎回ゼロから作り直すような状態です。

これは実質的にフルオーダーと同じであり、 効率という観点では非常に厳しい状況でした。


◾️ 見切り発車での受注開始

それでも工場側としては、日本からの注文を取りたいという強い意志がありました。

そのため、万全の準備が整う前に受注を開始するという判断がなされました。

いわば、走りながら整えていくという形です。

現場としては厳しい状況でしたが、 ビジネスとしては止めるわけにはいかないという判断でもありました。


◾️ これまでとの大きな違い

これまでの取引では、日本側がCAD入力を担っていました。

そのため、中国側は生産に集中できる環境が整っていました。

しかし今回は、その前提がありません。

すべてを現地で対応する必要があり、 これが大きな違いとして現れました。


◾️ ノウハウの不在という現実

日本向けのデータ入力には、独特のノウハウが必要です。

しかしその知見が、現地にはほとんど蓄積されていませんでした。

その結果、作業は属人的になり、 再現性の低い状態が続くことになります。

ここが、最も大きな課題の一つでした。


◾️ それでも入る注文という現実

それでも取引先は前向きで、注文は継続的に入りました。

この信頼はありがたいものでしたが、 同時に「期待に応えなければならない」というプレッシャーにもなっていきました。

現場の不安と、外からの期待。 そのギャップの中で、調整は続いていきます。


◾️ コロナによる突然の停止

それでも取引先は前向きで、注文は継続的に入りました。

この信頼はありがたいものでしたが、 同時に「期待に応えなければならない」というプレッシャーにもなっていきました。

現場の不安と、外からの期待。 そのギャップの中で、調整は続いていきます。


◾️ コロナによる突然の停止

そしてその最中、中国国内でコロナが急拡大します。

都市封鎖、工場停止という事態になり、 現場は完全にストップしました。

どれだけ準備をしていても、 こうした外的要因には抗えません。

当然、納期は守れない状況となりました。


◾️ 納期遅延と現実的な落とし所

この問題については、双方で話し合いを重ねました。

結果として、値引きという形での調整を行うことになりました。

理想ではありませんが、 現実的に着地させるための判断でした。

ビジネスにおいては、こうした“折り合い”も重要な要素です。


◾️ 必要に迫られた“マニュアル整備”

この一連の流れを通じて、 仕組みの必要性がより明確になりました。

そのため、日本営業として、 採寸方法や仕様を整理したマニュアルを整備する必要が出てきました。

これは、今後の取引を継続させるための土台づくりでもありました。


◾️ モデル構築の難しさ

当初は3つのモデル展開を想定していましたが、 実際にはレギュラーモデルしか存在していませんでした。

さらに、その仕様も日本とは大きく異なっていました。

このギャップを埋める作業は、想像以上に難しいものでした。


◾️ コミュニケーションの壁

通訳を介してやり取りをしても、話が進まない場面が続きました。

問題は言語ではなく、 前提となる考え方や設計思想の違いでした。

この“見えない壁”が、最も厄介だったように思います。


◾️ 自ら作り上げた採寸マニュアル

最終的に、自分で採寸マニュアルを作ることになりました。

専門ではない中で、情報を集め、整理し、形にしていく。

約3ヶ月の時間をかけて完成させたそれは、 まさに現場から生まれた実務の結晶でした。


◾️ 理想と現場のズレ

しかし、マニュアルを作ればすべてが変わるわけではありません。

現場ではこれまでのやり方が続き、 理想とのズレは簡単には埋まりませんでした。

仕組みを浸透させる難しさを、改めて実感しました。


◾️ 表からは見えない実態

外から見ると順調に見える取引でも、 内部では多くの調整が行われています。

今回も、実態は試行錯誤の連続でした。

そのギャップこそが、現場のリアルだったと思います。


◾️ まとめ

今回の取引を通して改めて感じたのは、 「仕組みのない取引は、必ずどこかで無理が出る」という現実です。

現場の努力だけでは補いきれない領域があり、 それを放置すると、やがて大きな歪みとなって現れます。

特に海外取引では、 共通言語としての“仕組み”がなければ、 意思疎通そのものが不安定になります。

そして、その仕組みは自然には生まれません。 誰かが意図的に作り、整え、運用していく必要があります。

今回、その役割を担うことになりましたが、 それは結果として、自分自身の視野を広げる経験にもなりました。

役割を超えて関わることで、 初めて見える景色がある。

この経験は、間違いなく次につながるものだと感じています。


◾️ 次回予告

次回も引き続き、その後についてお伝えします。一つの仕事にフォーカスし、現場でのリアルな悪戦苦闘を深掘りしていきます。

ぜひ、次回もご覧ください。



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